この事例の依頼主
40代
Aさんは、中小企業の会社の財務の責任者をしていました。ある日、社長のXさんから今後は、Yさんが会社のことを面倒をみることになったという話をされ、個別面談をしたところ、「今日からお前の給料は5万円にする」という話をされました。従前、100万円近くの給与をもらっていたAさんは、到底受け入れられる案ではなかったため、その話を拒んだところ、Yさんから出勤停止にすると言う業務命令を受けました。しばらくすると、会社の社長であるXさんから「あなたには横領の疑いがある。もめ事にしたくないので、任意に退職してくれればお咎めなしとするが、どうするか?」と言う連絡が来ました。Aさんは、どうすればいいのか対応に困り、当職のところに相談に来ました。
Aさんから話しを聞く限り、会社側が主張している「横領」という主張は、言いがかりであるということがわかりました。Aさんを追い出す作戦として、横領だという主張をすることでプレッシャーを掛けて、自ら会社を辞めるように仕向けているのだなとわかったため、当職としてはAさんから本件について受任をして対応をすることにしました。当職は、早速、「横領の事実はありません。あるというのであれば事実関係をきちんと書面に記載をして送ってください。調査には協力します。会社を退職するつもりはないので、出勤停止の状況をいつ解消してくれるのか会社側の対応を求めます」という内容証明を送りつけたところ、相手方に代理人が選任されました。代理人にも「Aさんとしては、自ら辞めるつもりはない。横領というのであれば具体的事実を示してくれ」という話をしたところ、その後、しばらくしたら相手方の代理人から横領の事実を根拠にAさんを懲戒解雇をする旨の書面が届きました。その上で、相手方はAさんが横領をしたということで警察に被害届を提出し、自ら自主的に退職するのであれば被害届を取り下げると言う形でプレッシャーを掛けてきました。当職としては、明らかな不当解雇であるし、警察を利用したプレッシャーに応じるわけにはいかないと考えて、懲戒解雇無効を主張して労働審判を申し立てることにしました。労働審判では、横領事実について会社側が主張・立証することはできなかったことから、懲戒解雇については無効であることが前提で話しが進みました。その上で当職としては、年収分くらい解決金を得るのが相当であると考えたため、年収分の解決金(1200万円)を支払ってくれるのであれば、合意退職を検討するという和解案を提示したところ、相手方からは当初、500万円の解決金の提示がありました。当然受け入れることはできなかったため、「それならば審判にして頂いて構わない」という話をしたところ、800万円まで金額が増えましたが、まだ解決水準として低いと思ったため、和解での話合いを断念しました。そうしたところ、審判を出すということになり、審判では「1200万円を支払った上で合意退職する」と言う判断をしてもらうことができました。
本件については、懲戒解雇が認められるためにはどのような事実関係が主張・立証されなければならないのかと言う観点から、労働審判⇒訴訟になった場合にどのような結論になるのかという事前の見立てが重要な事案でした。どのような交渉毎も、交渉が決裂した場合のその後の手続きにおけるメリット・デメリットを計算して、交渉においてどのような着地点(結論)に話を落ち着かせるべきかを考えなければなりません。本件においては、そもそもの懲戒解雇の処分をした会社側の判断は拙速であったと言うほかありません。「会社側は、客観的かつ明白なエビデンス(証拠)が無い限りは、できる限り解雇をさけるべきである」というのは、労働事件における定石であろうかと思います。今回は、「警察を利用してプレッシャーを掛ければ自ら退職する」であろうという会社側の弁護士の見立てが甘かったというほかありません。交渉をする場合には、将来どのような結末になりそうなのか?という「見立て」(法的手続の結論の予測)が重要です。その「見立て」を誤れば、まとまる話もまとまらなくなってしまうわけです。相手方が「当方の要求を受け入れる」には、相手方にとってその要求を受け入れる方が「メリットがある」あるいは「デメリットを回避できる」という場合でなければなりません。そのメリットとデメリットを分析できる弁護士に依頼をされることをお勧めします。